蒲田には、人間の理性を静かに溶かす店がある。その名も、じぇんとるまん。

名前だけ聞くと、英国紳士が葉巻をくゆらせながら「アフタヌーンティーでもいかがかな?」と言ってきそうだが、実際に待っているのは、メガハイボール600円とおつまみセット350円である。
合計、950円。
千円札を一枚出して、お釣りがくる。
そして、帰る頃には自分の足元が少し信用できなくなっている。
これが蒲田である。
これがじぇんとるまんである。
メガハイボール600円という暴力
まず見てほしい。写真右に鎮座する、あまりにも堂々としたジョッキ。

これはもう「ハイボール」というより、ハイボールの建築物である。
普通の居酒屋で出てくるハイボールを“飲み物”と呼ぶなら、じぇんとるまんのメガハイボールは“設備”に近い。目の前に置かれた瞬間、「あ、今日はここで人生の方向性が少し変わるな」と分かる。
しかも600円。
都心のおしゃれなバーなら、氷が3個入った細いグラスで「クラフトハイボールです」と言われ、1,200円くらいするかもしれない。もちろんそれはそれで美味しい。だが、蒲田じぇんとるまんは違う。
こちらは、グラスではない。
ジョッキである。
しかもメガである。
「飲ませる」というより、「受け止めろ」と言われている気がする。
おつまみセット350円の安心感
そして、メガハイボールだけでは危険だ。
空腹にメガハイボールを流し込む行為は、蒲田駅前で地図アプリを見ずに歩き出すくらい危ない。どこに着くか分からない。
そこで登場するのが、おつまみセット350円である。

写真を見ると、白い横長の皿に、ちょこちょこと三種類のおつまみが並んでいる。ネギ、味の染みた一品、マカロニ系の和え物。派手ではない。だが、こういうのでいい。いや、こういうのがいい。
メガハイボールを受け止めるための、小さな防波堤たちである。
特にこういうおつまみセットの良さは、「飲み始める理由」を与えてくれるところにある。唐揚げほど重くない。刺身ほど気取っていない。ポテトほど油断していない。ただ、そこにいてくれる。
ハイボールを一口。
ネギをつまむ。
またハイボール。
マカロニをつまむ。
またハイボール。
気づけば、ジョッキの中身は減り、自分の語彙力も減っている。
支払いは都度発生する
支払いがまた面白い。
注文する度に「お金入れ」にチャージしたお金が差し引かれていくスタイル。

千円札一枚で得られる幸福
今回の組み合わせはこうだ。
メガハイボール:600円
おつまみセット:350円
合計:950円
つまり、千円以内で成立する。
これがすごい。
一般的に「せんべろ」とは、千円でべろべろになれることを指す。だが、最近の物価高の世の中では、千円でべろべろになるのはだんだん難しくなっている。気づけば「せんべろ」と言いながら、会計は1,850円。もはや“にせんべろ未満”である。
しかし、じぇんとるまんは違った。
950円。
本当に千円以内。
しかも、ちゃんとベロベロになれる可能性がある。
これはせんべろ界における、かなり誠実な営業姿勢である。看板に偽りなし。むしろ、こちらの肝臓に対して少し正直すぎる。
メガハイボールを飲みながら、おつまみを少しずつつまむ。
これだけで、かなり満足度が高い。
豪華な料理があるわけではない。
映えるカクテルがあるわけでもない。
店内が北欧風インテリアというわけでもない。
だが、そこには確かな幸福がある。
仕事終わりにふらっと入り、千円札を一枚出して、冷えたメガハイボールを飲む。小皿のおつまみをつつきながら、どうでもいいことを考える。今日の疲れが、氷の音と一緒に少しずつ溶けていく。
こういう時間は、意外と高級店では手に入らない。
蒲田の飲み屋には、人生を少し雑に肯定してくれる力がある。
「まあ、いろいろあるけど、飲めば?」という感じがある。
じぇんとるまんのメガハイボールは、まさにその象徴だ。
ただし、本当にベロベロになるので注意が必要
ただし、ひとつだけ注意したい。
この組み合わせ、かなり効く。
メガハイボールは見た目以上に存在感がある。おつまみセットがあるとはいえ、あくまで小皿。ペースを間違えると、帰り道で「蒲田駅ってこんなに広かったっけ?」となる可能性がある。
特に、空腹状態で挑むのはおすすめしない。
あと、二杯目を頼むときは、自分の中の理性委員会を一度開催した方がいい。
一杯目のメガハイボールは楽しい。
二杯目のメガハイボールは、もはや契約である。
翌日の自分と、きちんと相談してから頼みたい。
じぇんとるまんは蒲田せんべろの優等生
蒲田じぇんとるまんのメガハイボール600円+おつまみセット350円は、まさにせんべろの理想形だった。
安い。
量がある。
つまみもある。
千円以内。
そして、ちゃんとベロベロへの道が見える。
これは素晴らしい。
世の中には、いろいろな飲み方がある。おしゃれなバーで静かに飲む夜もいい。クラフトビールを味わう時間もいい。ワインを片手に語る夜も、たぶんいい。
しかし、蒲田には蒲田の正解がある。
メガハイボールを持ち上げる。
おつまみをつまむ。
千円以内で世界が少しやわらかくなる。
これでいい。
いや、これがいい。
蒲田じぇんとるまん。
名前は紳士。
中身は、庶民の肝臓に寄り添う豪快なせんべろスポット。
千円札を握りしめて行けば、きっと分かる。
蒲田の夜は、思っているより安く、そして思っているより深い。


